漱石文学散歩 その2。

今日もとっても良いお天気です♪
我が家の前の道も無事舗装工事完了☆綺麗になり、
今朝は静まり返っています(^^)

さて、旅の続きを書きます。
二日目~漱石公園内 漱石山房記念館~

***漱石の終の棲家「漱石山房」のあった場所***
敷地は約340坪で、60坪の平屋が建っていた。「書斎にあてるに
具合のいい西洋式とも日本式とも支那式ともつかない珍妙な部屋」
が玄関脇にあるのも決めてとなり、夏目家はこの家を月35円の家賃で
借り受けることになる。漱石夫婦に子ども5人、使用人3人という
大がかりな引っ越しであったようである。

明治40年9月から大正5年12月亡くなるまでの9年間を過ごした。
『坑夫』以降の作品、『夢十夜』『三四郎』『それから』『門』
『彼岸過迄』『行人』『こころ』『道草』『明暗』『硝子戸の中』
などがここで執筆された。

漱石山房は昭和20年5月の空襲で焼失して、
漱石の胸像と夏目家で飼われていた小動物の供養塔「猫塚」
「道草庵」という小さな資料館のみであった公園に、
今年漱石生誕150年にあたる年に記念館が開館しました☆

早速入ってみましょう~(^^)/
一般300円、小中学生100円です
館内には、書斎やベランダが再現されています♪

猫が案内してくれます(^^)/

館内は撮影出来ないので、案内役の猫ちゃんを~

おやっ?この子は・・・漱石が飼っていたヘクトーかな?

お土産も販売していますよ!
びっくりしました!!!漱石が使っていたオリジナルの原稿用紙がありました(^^)♪


記念切手はお姉さん購入~

入って左側にブックカフェがあり、
漱石にちなんだオリジナルメニューを頂きながら
漱石作品を読む事も出来ます。ここだけの利用であれば入館料はいりません^^。

近所に住んでいたら、毎日通いたい落ち着いた雰囲気の素敵な所でした☆
大満足して、漱石散歩を続けますよ~~♪♪♪

東西線早稲田駅の方角へ向かいます。
現在の喜久井町という地名は、漱石の父直克が夏目家の家紋が
井桁に菊の紋章であるのにちなんで名付けたものだという話を
漱石は父から聞いたという。誕生の地から若松町の方へ上がる坂を
夏目坂と命名したのも、直克であったそうです。

~漱石誕生の地~この碑の文字は、門下生であった安倍能成の筆によります☆

あと3箇所行きたい所がありますので、お付き合いを~誓閑寺~
『硝子戸の中』『二百十日』中に登場します。

「半町程先に西閑寺という寺の門が小高く見えた。赤く塗られた門の
後は、深い竹藪一面に覆われているので、中にどんなものがあるか
通りからは全く見えなかったが、その奥でする朝晩の御勤めの鐘の
音は、今でも私の耳に残っている。ことに霧の多い秋から木枯の
吹く冬へ掛けて、カンカンとなる西閑寺の鉦の音は、何時でも私の
心に悲しくて冷たい或物を叩き込むように小さい私の気分を寒くした。」
硝子戸の中』

幼少期の複雑な家庭事情の中で、幼い心に葛藤があったことが窺い知れます。

さて次は、
鏡子夫人が、漱石の虫封じにお参りしたという
~穴八幡宮~

そして、誕生の地のすぐ隣交差点角にある~小倉屋~
江戸時代から320年以上続く老舗の酒屋。

「坂を下りきった所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった・・・
堀部安兵衛が高田馬場で敵を討つ時に、此処へ立ち寄って、
枡酒を飲んでいったという履歴のある家柄であった。」
硝子戸の中』

その時の枡は、15代店主・栗林さんが保管しているということです!

お店のおじいさんはとっても気さくな方で、
「漱石山房記念館行って来たか?・・・
漱石は養子に出されて、みんな可哀想とか何とか言うが、
昔はみんなそうだった・・・」
話が長くなりそうでしたが、電話がかかってきてそこで終了~

勿論、お土産はしっかり買いましたよ(^^)/
こちらのビール☆一本はお父さんに~

記念になりました☆

これで漱石文学散歩は終了です♪
ここから、次の目的地早稲田大学へ向かいます~

 

本日はここまで。
長々と書いたものを読んで下さって感謝します。
ありがとうございました(^-^)/

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